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ロカール探偵がゆく

「よいものをつくり、長く使っていただく」。

カンディハウスが情熱をかけて取り組む「ヴィンテージ&レストア事業」の理念は、
遡ること半世紀、「カンディハウス」が「インテリアセンター」として創業したとき
の姿勢そのものです。

そこで、今はなき「創業して初めて製造した椅子"ロカール"」を探す旅を計画
しました。

ロカールは見つかるのか?もうどこにもないのか?

ドキュメンタリー形式で綴るこの旅、まずは創業者インタビューから始まり始まり~。


 

第一話 創業者、長原實に会う。

 

創業当時のことは、もちろん創業者に聞くのがいちばん!
晩秋のある日、カンディハウスの長原實相談役室を尋ね、
社内資料に一脚だけ保管しているロカールを前に、
45年前を思い起こしてもらいました。

 

─── 私たち、「ロカール」を探す旅に出たいんです!!

長原 なんだいキミ薮から棒に。そもそも何のために?わずか2年間で100脚程度しかつくらなかったし、売り先はほとんど東京だよ。それにもう45年も前のことで、多くの持ち主は亡くなっているんじゃないか?
 

ロカールを探す旅に出たいんです

─── カンディハウスの原点たるロカールを探し出し、「よいものを長く使う」精神をもう一度考えたいと思いまして。


長原 しかしねキミ、初めて自分でデザインした椅子だからもちろん思い入れはあるんだが、正直、自慢できる椅子ではないんだよ。腰掛けているうち体が前にせり出していくし、掛け心地も不満足なんだ。


─── 今なら改良できるんじゃないですか?!(身を乗り出す)


長原 そんなふうに僕をたきつけないでくれよ(笑)。そうだな、今なら砂川にある革製品メーカーの技術を活用して...。

 

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─── それから?


長原 おっと、つい考えてしまったぞ。話を戻そう。このシートは当時としては珍しかった「デラクール」という素材。

中に厚いキャンバス地を挟んであるんだが、工業用ミシンでないと縫えないものだから旭川の中川という馬具屋さんでつくってもらった。

当時馬具の仕事が減っていたから、中川さんも喜んでやってくれたものだ。しかし思ったように数が発注できず、残念ながら中川さんは廃業してしまったんだよ。惜しいことをした。


─── デザインのヒントはあったのですか?


長原 フィンランドの北の街ラハティで、ASKO(アスコ社)がつくった、白いカバ材のフレームに羊のモコッとした毛皮を貼った椅子を見たことがあった。

アアルトのイージーチェアーの影響が感じられる形だったね。その椅子をショップで見たとき、「こんな、ゆったりした椅子をつくりたい」と思ったんだよ。


─── その当時の日本には、ゆったりした椅子はなかった?


長原 ダイニングチェアーというものがようやく市場に出たところだったからね。素材はカエデやタモ。応接セットなんかだと、ちょっとアームが幅広でカーブしたものはあったな。

ロカールはナラ材を使った点だけでも珍しいのに、さらに材料を太めに贅沢に使っていたから、それまでにはないデザインだったと言える。


─── 北海道はナラ材の産地なのに、なぜ使われなかったのですか?


長原 いい質問だ。理由はふたつ。これは僕が起業した目的でもあるんだが、北海道産のナラ材は良質で高価なため、地元ではほとんど流通しなかった。どこへ行ったかというと、すべてヨーロッパなどに輸出されていたんだ。

僕が若い頃、旭川市技術研修生として当時の西 ドイツに留学したとき、その、北海道産の木材をオランダの貿易港で見てとてもショックだった。「北海道でナラの家具をつくって、世界に売るぞ」と決意した、それがインテリアセンター(カンディハウスの前身)をつくった目的だ。

もうひとつの理由は、ナラは人工乾燥が難しいこと。まだ旭川市工芸指導所の松倉定雄所長が、人工乾燥のテストプラントをつくって業界に指導していた頃だからね。

いい質問だね

─── そのナラ材をどうやって手に入れたのですか?


長原 輸出規格のインチ材を、あれこれ手を回して買うしかなかったよ。


─── い、インチ材って?


長原 輸出用に製材していた、厚さが25mmのものだよ。新旭川木材(シンモク)という製材会社にほしいと言ったら「こんな高級なものを使って儲かる訳ないだろう」と、売ってくれない

そこで、インテリアセンターの出資者で初代社長をしてもらった時期もある人で、そのときは山室木工の専務をしていた末永さんに口添えしてもらって、やっと10コク単位で買えたんだ。

山室木工では、輸出用インチ材を取って残った耳とか芯の材料を使って片袖机をつくっていたんだよ。


─── じゅ、10コクって?


長原 1尺立方が1コク。コク、は、石という字だよ。インチ材は、丸太の中でも「いいところ」だから、あまりたくさん売ってくれないんだ。

輸出用規格材は高いのに、若い会社が買うなんてと言われたものだよ。しかし、さっきも言ったが僕は北海道産の木材の輸出€を止めたかった。我々の先祖が開拓した北海道を、支配的経済から救うために。

国内で完成品にすれば、木材の4~5倍の付加価値が付くと考えたんだ。

 

~ 第二話につづく ~
相談役の口から、新事実が!