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旭川の「ひとつを愛する人」を訪ねて

第二回 写真家 太田一彦さん

 

愛用品:木製暗箱型カメラ ディアドルフ_ 8×10(エイトバイテン)
 

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実は、これを買う25歳の頃まで、本気で写真をやろうとは思っていなかったんです。大学を出て、父の勧めで入ったホテルニューオータニの写真室で、写真家の菅原廉緒先生に出会いました。助手として、先生の写真に対する姿勢を間近に見て初めて、「撮るってどういうことなんだろう」と考え、「人を撮る勉強をしたい」という気持ちになった。当時の僕の月給は8万円。ディアドルフは中古で25万円ですから思い切った買い物です。先輩と会社に借金をしてやっと手に入れました。

買ったあとがまた大変でした。三脚が買えないから台に乗せて撮り、レンズは実家の父に借りました。おまけに東京は湿気が多いからこの蛇腹の革にびっしりカビが生えてね。一生懸命拭き取ったのを覚えています。露出計やピントルーペ、かぶり(布)と、ひと通りの道具が揃ったのは1年後です。ジャズピアニストやベーシスト、演劇俳優に頼んで撮り始めました。しかしこの大きさでしょう、持って行くだけでも大仕事。撮影だって、フィルムはケースに2枚しか入らないし、今のように撮り直しができない。こちらも鬼気迫ってるわけです。撮られる方もすごいプレッシャーの中、カメラの前で動かずに、僕がピントを合わせて、露出を測り、フィルムを入れる間、待たなければなりません。すると緊張感に耐えられず、「早くしろ」という表情になってしまうんですね。

撮って終わりじゃないのもディアドルフ。現像、プリントが待っています。現像は使う液体の配合でまったく違う見え方になるし、プリントは印画紙の製造月が違うだけで差が出ます。逆に言えば、だから面白い。どんな写真にしたいか、選択肢が無限大ということですから。いつも撮影のあとは、現像しないうちは気になって眠れません(笑)。心配なのと、楽しみなのと。

写真は、絵になるかならないかではないと思うんです。子どもを撮るなら、その生命力や成長にこちらが感動して、大人ならその人と交わした言葉に僕が魂を揺さぶられて撮るから、写真に気持ちが入る。写真は、タダごとでは撮れないものなのです。このカメラは、いつでも課題を突き付けてくる。被写体と僕の間にカメラがある、その緊張感の中で闘うことが、僕にとっての撮影なんですね。まだまだ行きたいところ、撮りたいものは山のようにある。気に入った印画紙が次々製造中止になる中、値段もどんどん上がっているけれど、あと10年か20年か、印画紙がある限り撮り続けます。

それに最近感じることがあるんですよ。伝わる人には伝わる、って。ここ2、3年は特に、この写真の価値を感じてくれる人がふえてきた気がします。今年は家族写真のお客様で、4枚目とか6枚目という方もありました。

もうひとつ、写真はそもそもボケるものだということもわかってきました(笑)。ピントが合っていなきゃいけない、なんてことは実はなくて、無理に合わさない撮り方もあるだろうし。撮る側の「こうやって撮りたい」という考え方のクセを取り去ったら、もっと写真が自由になるような気がするんです。

35年も使っているのに、いまだに苦労してますよ。使いこなすなんてとんでもない。「だいぶ覚えてきたかな?」くらいです。買った頃はわからなかったんですが、たぶん僕は最初から、このカメラと闘いたかったんですね。自分でも、どうして簡単な方に流れられないんだ?といつも思う。近くも遠くもピントが合うiPhoneいいな、ほしいなって思うのに(笑)、あえてめんどうな方と格闘し続けているんですから。

 

■このインタビューは、2015年5月13日に行いました。

 

 

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太田写真場で。後ろにはバイオグラフィーが飾られている。

 

太田一彦

写真家

日大芸術学部卒業後、ホテルニューオータニ写真室に4年間勤務。その後家業の太田写真場を継ぎ、同時に太田一彦写真事務所を併設。空気や時間まで写し取るような人物、家族写真にファンが多い。家族の歩みをユニークな手法で撮り重ねていく「バイオグラフィー」、赤ちゃんの誕生から成長を見つめる「バースデーアルバム」など、独特な写真の世界を持つ。広告写真も手掛け、旭川家具のカタログにも写真を提供している。

■太田写真場 : http://ohtashashinjyou.com/